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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

自分を笑え!

「自分を笑え!」というタイトルで書いてみようと思った。

このタイトルを考えたとき真っ先に浮かんだのがこのテキストだ。
ぐぐる君に「自分を笑え」で訊いてみたがいまいち他にピンと来るものがなかった。
真っ先に他人のテキストを引用しようと考える他力本願。ま、それは置いといて。

恥ずかしい・私

山崎はるか氏はオレの敬愛するライターの一人だ。「悪魔のプログラマ」と呼ばれ、「ストーカー・バスター」でもあり、社長さん(所長さん?)、でもある。

「自分を笑う」ということは自分を他人の目線でみることだ。
自分の中にどっぷり漬かっているうちは笑えないのだ。
失敗しない人間などいない。そして他人の失敗は面白い(TVの珍プレー・アクシデント集などをみればそれは明らか)。
ただし、このテキストで述べられるように、それを自分で語るからシャレになるのだ。自ら失敗談を語るということは、その失敗を乗り越えたということでもある。他人に語られたらそれこそ、
「冗談ではない。」
となってしまう。

他人の目線とは、自分も大勢いる他人の内の一人でしかない、と認識することでもある。その意味で自分は特別な存在ではないのだ。

氏は語る。「人生に失敗がなくなってきたら、より失敗しそうな(より困難な)ことに、あたらしくチャレンジするのである。」

臆病な言い訳野郎であるオレはあたらしくチャレンジするということは少ない。ここらでちょっと何かチャレンジしてみるかなー。


あ、そこの君、「自分を笑う」と「自分を嗤う」はちょっと違うから。
自虐もほどほどにね。


え?オレか。
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  1. 2005/07/19(火) 00:00:00|
  2. ノンジャンル
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いざ出陣。

65d65859.jpgこれから調停に行ってきます。

選んだ服は補色のチェックonチェックonチェックという確信犯。
いいのだ、祭りだから。

調停なんてクソの役にも立たないと前の経験でわかっているし。
  1. 2005/07/19(火) 00:00:00|
  2. 日記
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食えるときに。

3ed33a30.jpg「食えるときに食っておけ。」
そういったのはキャプテンハーロックだったか。

オレもそうすることにしている。
ネガティブな気持ちのときにエネルギーが切れると余計ネガティブになる。
例え食欲が無くとも食っておくことだ。そしてオレの胃袋はそんなオレの気持ちに応えてくれる。

裁判所の帰り、ランチの割引券を配っていたので何の考えも無く入ってみた。
ビバリー有楽町店。有楽町駅のまん前有楽町ビル2F。客オレしかいねーよ、と思ったらまだ11時半だった。

ランチは1種類のみ。
ステーキ&白身魚フライサフランライス添えカレークリームソース&イカと水菜の明太子スパゲティ&紅茶パンナコッタ&グリーンサラダ(写ってないけど)&アイスティー飲み放題(ピッチャーで置いてある)のおまかせランチが1000円、割引券使用で800円。

特筆すべき味ではないけど普通に美味かった。お得だと思う。
  1. 2005/07/19(火) 00:00:00|
  2. 食べ物
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250番目の小話。

「先生、この薬、何なんですか。」
「あ?そいつはな、人を笑わせる薬だよ。」
「そんな薬あるんですか?」
「ああ」
「いくつか種類があってな。こっちのビンに重しがついてるのは軽いヤツだ。効き目も軽いが気軽に処方できる。」
「こっちの濁ったのはどうです?」
「・・・それは効き目が冴えないって評判のやつだな。医者が自分で精神安定剤代わりに使うこともある。」
「こっちのは・・・あっ!」
「おいおい、気をつけてくれ。その黒いビンは劇薬だ。」
「ええっ?そうなんですか?」
「使い方を間違うと命に関わることもある。」
「おっかないですねえ。」
「そういうのを無責任に処方する医者に限って、効かないと「通じない!」とか吐き捨てるように言うんだよなあ。ひどい話だぜ。」
「えーとラベルは・・・、これなんて読むんですか?J・O・K・E? ・・・処方上の注意?えっとー、空・・・。」
「それはな、空気嫁。く・う・き・よ・め、って読むんだよ。」
  1. 2005/07/19(火) 00:00:00|
  2. ノンジャンル
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ベスト

子どもと暮らすために、オレは「オレのベスト」を尽くしたわけではない。
ただ、「オレのベスト」と「子どものベスト」はイコールなんだろうか、とはこの半年ずっと考えていた。子どもは親の満足のためにいるわけじゃない。

調停はご丁寧に「親権の移動」で申し立てられていた。
用意周到なことだ。これではクソの役にも、という訳にはいかない。
不調に終われば審判が待っている。

オレは調停委員に彼女からの手紙を見せ、住民票の移動、保険証の分割は受諾、苗字の変更は拒否したことを話した。

以前の調書を読んだ調停委員は事情を理解しているらしい。呆れ顔というか同情風味だ。
しかし、いくら同情してもらっても結果が伴わない限りどうしようもない。
その意味では、調停委員は単なる法の追認者であり、九官鳥や鸚鵡と大して変わらない。

今日は主張を突き通し、不調で終わらせた。次回は一ヵ月後。
突っ張っても、いずれオレは審判で負けるだろう。状況は圧倒的に不利、法律も守ってくれはしない。だが一方で、

性格に問題を抱えた彼女がこのままうまくいくという保証もどこにもないのだ。
  1. 2005/07/19(火) 00:00:00|
  2. 日記
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