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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

まんべんなく  -愛国心とは?-

産経新聞のウェブサイトSankei Web

その社説欄で産経新聞の社説を読めるのだが、このページにはなんと他主要紙(朝日、読売、毎日、日経)の社説へのリンクがある。
ワンクリックで他社の社説を読めるのだ。いろいろな主張がまんべんなく。
主張の内容はともかく、産経のこういうある意味挑戦的な態度は好きだ。
「較べてみろ」ってことだね。

ちなみに各社とも昨日今日の社説で『教育基本法改正』を取り上げている。
各社の主張はそれぞれのリンク先を見てもらえばいいとして、オレ的には『言葉狩り』という印象が残った。
『愛国心』だろうが「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」だろうがそこに宿るものが変わるわけではないだろうに。

『愛国心』=日の丸・君が代=全体主義・軍国主義?

国民を馬鹿にするな。

『愛国心』というのは文字通り国を愛する心だと思うが自国のみを賛じる偏狭な心だなどとは誰も言っていない。例えば『家族愛』を持った人物が自分の家族以外はどうでもいいと思っているわけではないだろう。他人にとってもまたその家族は大切なもの、と思うはずだ。国の象徴である国歌や国旗についても同様だ。
『愛国心』でも『愛郷心』でも『祖国愛』でも何でもいいのだが、自分が育ってきた文化や環境に親しみや誇り、感謝を持つのは至極自然発生的な感情だとオレは思う。誰もが自分の国を愛する気持ちを持っている、と認めることで他国の人間の愛国心にも共感できるのではないだろうか。人は良くも悪くも他人に自分を投影するもので、自分の中に無いものを他人の中に感じ取るというのは難しいことだからだ(自分の中にあるにもかかわらず他人にもあることを感じ取れない人もいるが)。

しかし、どういうわけか『愛国心』を認めることに抵抗感を感じる(ように仕向けられている)のは世界でも日本人だけだ。
今回の改正で盛り込まれたこの点についても、別に従来無かったものを新たに開発しよう、というわけではない。これまで不自然に抑圧されてきたものを素直に育てましょう、と言っているに過ぎない、とオレは思う。

だから、どこかのニュースのインタビューで見たどこかの教師の「愛国心をどう評価しろというのか」という発言には大いに違和感があった。『心』というのは『能力』ではないわけで数値化できるものようなものではない。よって『評価』の対象とはなり得ないと思うのだが。
例えば「道徳心を評価する」「宗教心を評価する」「良心を評価する」なんて言うと非常に怪しい日本語になってしまうよね。ちなみに「評価する」を「試す」という言葉に代えるとこれは人として最低の行為になってしまうのだが。
どちらかというとこれは「友達と仲良くしましょう」とか「嘘をついてはいけません」という類のもので能力の開発ではないのだから。

ていうかそれぐらい気付け、教師。
愛国心よりこちらのほうが心配だ。
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テーマ:時事ネタ - ジャンル:ニュース

  1. 2006/04/14(金) 23:26:50|
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