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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

この文章を読んでどう思いますか?

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や,秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

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  1. 2006/07/02(日) 22:46:55|
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『ルール』というものについて

オレは死刑賛成論者だ、とエントリで書いたら否定的なコメントをいただいた。

に言わせればオレは「ルールを守ることでしか生きられなかった、枠にはまることでしか自己実現できなかったあわれで馬鹿な卑怯者」なのだそうだ。
ちなみに、彼は「いい意味でルールを破る人間」なのだそうだ。

経緯はリンク先で読んでもらえばいいとして、他の方にコメントでいただいたアドバイスどおり「無視する」、というのも一つの方法かな、とも思ったが、これは自分が「守ることでしか生きられなかった」という『ルール』というものについて考えるいい機会かな、と思って考えてみた。
ちなみに彼のblogのコメントは検閲制でTBも拒否されるようなので自分のエントリとして書いてみる。イヤなんだよね、いちいち他人のブログに出張るのも。

さて、英語のruleという単語には支配するとか統治するという意味もあるのだけど、日本語的には規則、規定、規範あたりが妥当なとこでしょうか。

『ルール』と聞いてスポーツやゲームのそれを連想する人もいるだろうけど、オレ的にはもう少しアバウトに「共同体内の利害調整をするための取り決め」という風に理解している。
スポーツやゲームでも選手が自分勝手な振る舞いをしてルールを守らなければ、それはゲームとして成立しない。
それと同じで、共同体(人間が複数一緒にいればもう共同体だ)を構成する一部の人間が利己的な行為によって不合理に利益を得るようなことが無い、逆に言えば、一部の人間の利己的な行為によって他者が不合理に不利益を蒙ることが無いように定められるもの、と解釈している。そして共同体を構成する人間の利益の総和がその共同体の利益になると。

ルールにはいわゆる家族の日常の不文律から日本国憲法のようなものまであるが、基本的には上記のような観点から各自がお互いを尊重し共同体全体の利益を図るという立場で出来ていると思う。互いに相手を尊重するためにルールを守るという考え方(利害関係を調整しているだけで尊重という言葉はきれいごと過ぎるというお叱りはあるかもしれないが)。
逆説的に言うとルールとはそれを守ることでそのルールを遵守する共同体の一員たらしめているわけで、ルールを守らない人間は共同体全体の利益を損ねておりルールの庇護を受け得ず共同体の一員としての権利はその行為に応じて制限を受けるべき、というのがオレの考え。
そういう意味では「守ることでしか生きられなかった」というのは決して間違いではない。むしろ当たり前。
もしルールが状況に応じて適当でないのならそれを破るのではなく状況に合うよう変えていくべきだ。

だから「いい意味でルールを破る」という言葉の意図がよくわからない。
ただ、いい意味でルールを破る、と聞いて浮かんだ人物が二人。

一人目は杉原千畝氏。第二次世界大戦中リトアニア領事代理として外務省の規定に反しナチスドイツに迫害された6000人余りのユダヤ系リトアニア難民に無制限ビザを発給してその命を救った、ご存知「日本のシンドラー」と言われる人物。
杉原氏に対して外務省は戦後解雇し、ユダヤ人協会の「SENPO SUGIHARAという外交官がいなかったか」という問い合わせにも「そのような人物はいない」と回答している(千畝はちうねと読むがせんぽとも読める。木で鼻を括ったような回答だ)。外務省は否定しているが規定に従わなかった杉原氏に悪意を持っていたと取られても仕方の無い対応だと思う。

二人目は昨年台風カトリーナがニューオリンズを襲った際に、置き去りにされたバスを盗んで車を持たないため逃げることの出来ない避難民を乗せるだけ乗せて7時間もの道を無免許で運転した青年。名前は知らない。ルイジアナ州法は知らないが日本なら窃盗または占有離脱物横領罪と無免許運転による道路交通法違反が問われるだろうと思う。記録が見つからないのでうろおぼえだがたしか「みんな助かってよかった。盗みと無免許を問われるのは仕方が無い。」というこの青年の談話があったと思う。

彼らに共通しているのは他人の利益(この場合は多くの命)のために自分の不利益を承知でルールを犯している点だ。
オレはルールを定める上で「利己的な行為によって不合理に利益を得るようなことが無い」と書いた。
つまりこの二人はルールは破ったがそのルールの基となる「共同体全体の利益」という精神においては反していない、と思うので、こういうのをある意味「いい意味でルールを破る」というのかなと思う。

しかし、少なくともルールを「守れない」人間を正当化するための言葉ではないのではないかと思う。
  1. 2006/07/02(日) 18:29:35|
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嗜好品だから。

nikkansports.com内のブログ「世界一小さい新聞Baby Nikkan」のエントリ「うれしいな、明日から値上げだ!」での喫煙者と非喫煙者のやりとりがちょっと面白かった。管理人は非喫煙者で、

タバコ1箱は、1000円でも2000円でもかまわない。
タバコの値段が高くなり、家計に多大な影響を与えるようになれば、
一人でも多くの喫煙者がギブアップしてくれるだろう。

と書いている。オレと同じこと言ってるな(笑)。
フランスでは1箱が5ユーロ(約700円)、イギリスでは5ポンド(約1000円)、ノルウェーでは74クローナ(約1300円)だそうなのでその基準からするとたしかに日本の煙草は安過ぎるぐらいで、WHOに批判されるのも納得できる。

嗜好品を嗜む上で嗜まざる人に迷惑を掛けてよい、などとは少なくとも建前上言えないので、喫煙者側は常に旗色が悪い。意見は都合上感情的にならざるをえない。

オレは非喫煙者で下戸なので煙草が1箱1万円になろうがビールが一本一万円になろうが正直全く困らない、というかたぶん生活自体変わらない。あ、料理酒が上がると困るが。
確かに煙草は副流煙被害や歩き煙草による子供の火傷、吸殻ゴミ、火事など他人に迷惑を掛ける輩がいることを考えると無い方がいい、と個人的には思う。酒も酔っ払いの暴行とか酔っ払い運転とか考えるとね。以前ボランティアで駅前を掃いたとき一番多いゴミは吸殻だったし。
レストランや電車で禁煙席がいっぱいなのに喫煙席が空いてたりするとちょっとむかつく。全面禁煙でいいと思う。でなければ喫煙席料金って取ってもいいと思うけどね。車両だって店だってヤニや臭いが付くわけだし。その分維持費がかかるわけでしょ。
嗜好品なのだから嫌がる人のいないとこで吸ってくださいな。あ、噛み煙草とかいいね。

中学生のころ親父のショートピースをくすねて吸ったことがある。
その後恐ろしく飯が不味かった。ちょうど風邪引いて味がわからなくなったときのようなそんな感じだった。それ以来吸ってない。コメントに3日禁煙したら味噌汁が恐ろしく美味かった、というのがあったので、体質などもあるかもしれないがオレだけの個人的な感覚というわけでもないだろう。
そんなわけで実は喫煙者が飯を美味いとか不味いとかいうのはあまり信用していなかったりする。そういう意味では喫煙者はずっとまずい飯を食ってるわけで。作る人も本人も気の毒だなあ、とは思う。

火を点けなければいい匂いなんだけどねショートピース。
ピーカンの封を切るのは好きだったよ。
  1. 2006/07/02(日) 16:07:47|
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マグロ亭の中トロ丼

今日の秋葉原は風が強かったすなあ。どれくらいかというとサボニウス的には緑22/24。UDX行きのエスカレータで数段前に立ってたお姉さんのロングのフレアスカート全開、黒ぱんちゅ拝見、てな具合の風速でした。途中ぱらぱら雨が降ってきて店員さんは店頭の品を非難させるのに大わらわ。こういうはっきりしない天気だとお店やさんは大変っすなあ。ご苦労様です。

「秋葉食堂」さんのエントリを見て、『マグロ亭』の『中トロ丼』1000円を食ってみた。場所は昌平橋のたもと。オレの記憶が確かなら以前ここMac系のパソコン屋さんだったよね。
昼間はランチ、夜は飲み屋というよくある感じの店で、店の前の看板によると、なぜか隣の韓国系のお店とメニューを融通しあっているようだ(つまり隣の店の料理も食べられる)。ていうか日韓友好?

『中トロ丼』見た目は他のサイトで見られるとおり。中トロが滝のように丼からはみ出してる。さらに『秋葉食堂』さんが指摘している通り実はご飯も大盛りで余裕こいてるとおそらくご飯が余る。他所の大盛りと考えて食うのが吉。

ネタは確かにまあまあ美味い。個人的な好みになるのだが、ご飯がホカホカの白飯なのが惜しい。刺身丼の類は白飯よりちらしのように酢飯のほうが好きだ。白飯だと食ってるうちに刺身が生温かくなるのがちょっとイヤ。ご飯と刺身の間に海苔や大葉敷いて工夫してる店もたまにあるけど。そういう意味では当番家のほうが好みには合ってるなー。
  1. 2006/07/02(日) 14:35:24|
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