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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

怖いネットはやはり危険だ

オレもコワイコワイ。ネットはコワイ。

  記者の目:ネットでの「祭り」を取材して=岩佐淳士(社会部)(毎日新聞)


 

◇「匿名の悪意」看過できず--伝える怖さ、自覚を

 ネット掲示板の文字を見た時、言いしれぬ不安に襲われた。「岩佐クンの歌を作ってみました」「岩佐記者を退職に追い込もう」。連載企画「ネット君臨」の初回記事(1月1日朝刊)で匿名による誹謗(ひぼう)中傷問題を取り上げて以降、私を非難する書き込みがネット上にあふれた。中傷やうそを交えてからかわれ、一時は話題にするのもいやだった。それでも、8カ月にわたって日本と海外のネット社会を取材して「匿名の悪意」を黙って見過ごすわけにはいかないと感じている。

 難病の拘束型心筋症と診断された上田さくらちゃん。移植手術の費用を集める「救う会」の募金活動はネット掲示板「2ちゃんねる(2ch)」で「死ぬ死ぬ詐欺」とやゆされた。両親が当初、NHK職員だと公表しなかったことが「高給取りなのに隠した」と批判に拍車をかけ、募金活動は妨害された。ネット上の集中的な書き込みは「祭り」と呼ばれる。それに疑問を投げかけた私が今度は「祭り」の対象になった。

 取材先に渡した名刺を元に名前や電話番号がさらされた。私の写真が載ったホームページ(HP)を探し出し、書き込みからワンクリックでつながるようにされた。「電凸」(電話による突撃)も受け、やり取りをブログに書かれた。非難の書き込みは大半が匿名だ。

 「これも記者の仕事のうちだ」とは思う。けれど、外に出ると誰かに見られている気がした。もし家族が書き込みを見たらどう思うだろうか。私の名前で検索すればすぐに分かってしまう。自宅の登記簿や写真までネットに載せられたさくらちゃんの母親が涙ぐみながら「裸で外を歩いているよう」と話していたことを思い出した。

 2ch利用者の忘年会に参加した時、一人が「ネットに自分の本名を書き込むなんてあり得ない」と言った。ネットにはさまざまな危険があり、個人情報をさらすのは自爆行為だという。

 自分は「匿名」の安全地帯に身を置き、やり玉に挙げる相手は実名だ。息を潜めて眺める人もいる。

 こうした風潮は実社会にも影を落としている。学校の緊急連絡ルートが「個人情報」を理由に作れない。卒業アルバムから顔写真が消えていく。みんなネットを使いながら、顔の見えない誰かを恐れている。匿名社会の危うさをネットが助長している。

 連載への読者の反響は今も続いている。匿名による情報発信をめぐり、賛否がはっきりと分かれる。取材班は連載に合わせて専用のブログを開設したが、誰でも見られるその書き込み欄には2chを擁護し、記事を批判する内容が圧倒的に多い。一方、取材班に直接送られたメールや手紙は逆に2ch批判が7割を占める。

 メールには「2chをブログに否定的に書くと攻撃される」「2ちゃんねらー(2ch利用者)から袋だたきに遭うので内容は公開しないでほしい」という意見が目立つ。ここにも匿名社会のゆがみが見える。

 ネットの誹謗中傷をなくす特効薬は見当たらない。ネット先進国の韓国では匿名による「アクプル」(悪意の書き込み)が絶えず、自殺も相次いでいる。7月からは実名で登録しないとネットに情報発信できない「インターネット実名登録制」が始まる。政府による規制強化だ。それはネット本来の「自由」をなくすことにもつながりかねない。望ましい未来像だとは思えないが、日本もこのままではいつか検討されるかもしれない。

 ネット社会は、一人一人が「メディア」になる。新聞に過ちがなかったなどと言うつもりはない。だが、人のことを広く伝えるのには責任を伴う。

 「ネットには自浄作用がある」という意見がある。誤った情報は自然に淘汰(とうた)されるという考え方だ。2chの管理人、ひろゆき氏もさくらちゃんの募金について「不正がないか調べて結局、不正がないと分かってよかったではないか」と言った。しかし、一度つけられた傷は簡単には回復しない。いまだに誤った情報を信じ、同様の書き込みを続ける人もいる。

 そんな粗野な世界を私たちは望んでいるのか。私たちはネットを使う時、手にした力の大きさや伝えることの怖さをどれほど自覚しているのだろうか。

 さくらちゃんは米国での手術が成功して帰国し、先月30日、5歳の誕生日を迎えた。救う会は今もHPで近況報告を続けている。検索すると、それと並んで「死ぬ死ぬ詐欺」のサイトも表示される。


オレもこの「ネット君臨」に関連して幾つか記事を書いた。

  正月早々暇なんですか?
  善意と悪意と社会正義
  取材者の「依って立つところ」
  「電凸」とは? 嘘を教える毎日新聞
  ご冗談を。終わってるな毎日
  どこにもいない「われわれ」

それらにオレの言いたいことはそれらにだいたい書いてしまったので、今更わざわざ重ねて書く気もしない。しかし。

徒に個人情報を晒すのが危険なのは実社会でも同じだ。ネットだけの問題ではない。
しかし、それに実名原理主義者は気づかない(あるいは気づかない振りをする)。彼らにとってはネットを攻撃し自分たちの利権を守ることにこそ意味があるからだ。

>取材先に渡した名刺を元に名前や電話番号がさらされた。

だいたい実名主義を掲げる彼らが実名を知られることにどんな不都合があるというのか?
毎日新聞は記名記事が売りの一つではあるが、それでも記名記事はまだ一部だ。
実名主義を掲げるならば、むしろ記事の全てを記者の署名付とするべきだと思うがどうか。

>「電凸」(電話による突撃)も受け、やり取りをブログに書かれた。

電話による取材があったとて、何かやりとりに恥じるところがあったのだろうか?
ブログに挙げられたとて、問答に恥じるところが無ければ堂々としていればいい話である。むしろ相手に理解を得る良い機会だったのではないかと思うのだが、何が不都合なのだろうか?

この岩佐記者に電凸したブログというのが気になってぐぐってみたがヒットしなかった。オレだったら信念と誠意を持って応えた取材が全くヒットしないほど沈没してたらその方が凹むと思うが。「岩佐クンの歌」もヒットなし。ていうか自作自演?
代わりにこんなの見つけた。

  毎日新聞の記者から取材先の個人情報が漏洩?

取材先のがんだるふ氏の個人情報が岩佐記者のmixi周りから漏れたらしいとのこと。
いやコワイねー。守秘義務とか無いのかね毎日新聞w。

>私たちはネットを使う時、手にした力の大きさや伝えることの怖さをどれほど自覚しているのだろうか。

岩佐記者は新聞記事を書くとき、手にした力の大きさや伝えることの怖さをどれほど自覚しているのだろうか。
これまでどれほど自覚していただろうか。
この記事を読む限りその自覚があるとは思えないが。
今までは「第3の権力」の安全地帯に身を置いてぬくぬくとしていたが、それが今ただ自分に跳ね返ってきているだけのことだ。

余談だが、現在の記事では「帰国し」の部分が削除されている。
某巨大掲示板(笑)でさくらちゃんの両親のブログではまださくらちゃんが米国に滞在中であることを指摘された矢先に訂正された。監視してんのかw。
上記の「電凸」の記事もそうだが、裏を取らずに思い込みで記事を書いた上、こそこそっと訂正するのは、実名匿名問わず恥ずかしいことだと思うよ。ていうか恥の上塗り?
  1. 2007/06/29(金) 23:13:09|
  2. メディア - マスコミかカスゴミか
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