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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

天は自ら助くる者を助く

ってことじゃないかなあと思うんだが。


いや、後出しジャンケンくさいけど、静かに賛否を巻き起こしているNOVTAN別館さんの「格差社会の原因なんて、みんなとっくに気付いているよね」とそれに続くエントリを読んで。
 
で、「何のため」に助けるのか、というとそれは「生きる」ために。
努力が必ず報われるというわけではないけども、努力なしに成功のチャンスを得ることは難しい。
努力をしてチャンスの間口を広げていくことが、成功の確率を上げていくわけで。
誰かが何とかしてくれる、と思っているやつは置いていかれるだろう。よっぽど運がよければ別だが。

「格差」とは相対的な状態を表す単語なのでこういう場合には不向きな言葉だと思う。

問題は暮らしていくために必要な収入が無いということ。「貧困」とそれによる「生活不安」。
ここしばらく世間に漂う「生活不安」感は、オレ的には以前も書いたけど、企業の効率化による社員の切捨てや人件費の出し渋りで、これまで食えていた人の一部が食えなくなったこと、終身雇用の終焉で将来像が見えなくなり長期のビジョンが描けなくなったこともあるのだと思うのだけどね。

要は企業が社員雇うのに金を出さなくなったのが原因だけど、それ自体は右肩上がりの経済成長の終焉やグローバル化による競争の激化などによるもので、やらなければ企業そのものが無くなる場合もあるからね。仕方がない部分もある。

また、「依存症の独り言」さんのように「昔はもっと貧しかったよ」と言っている人もいるわけで貧困自体は今に始まった問題ではないのではないかと思う。石炭や繊維業界のように産業の構造不況によって大量の労働者が放り出された時代も過去にはあったわけだし。
これまでは右肩上がりのパイの成長がある程度それを吸収していた、ということなんだろう。

オレは世の中は基本的に不公平(純粋な意味で公平な世の中などありえない)だと思っているし、競争社会であることも厳然たる事実なので、その現実自体は受け入れるべきだと思っている。「オレの方がアイツの何倍も努力しているのにアイツの方がずっといい暮らしをしている。許せん。」なんて愚痴ってもそんなのはごく当たり前にあること。

そして、その現状も去ることながら、この「将来像が描けない不安」というのは非常に厄介だと思う。誰でも幸せはずっと続いて欲しいものだと思うし。
物理的な裕福さと幸福感というのは必ずしもイコールだとは思わないけど、現在の状態を保てるかどうかもわからないような不安というのは幸福感に対してネガティブにしか働かないんじゃないだろうか。ましてや上向くことなど無い、と思えばなおさら。
幸福感の低さというのは「不満」に転化するわけで、貧困と結びつけば治安が悪化する方向に行くのは明らかだから。
これは歓迎できないよなあ。何とかならないかな。

多くの人が自分の将来像を描けて、努力がそこそこ報われる社会が必要だってことなんだけどね。
それでも「天は自ら助くる者を助く」と信じて、自分にとってのベストを尽くすしかないんじゃないのかな。
  1. 2007/08/31(金) 01:24:07|
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