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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

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終わりの始まり

その台詞、なかなかいいセンスだと思う。いやーNOV1975さんの記事はいつも丁寧でタメになるな。

  DRMは解決策足りえるか考えてみる(novtan別館)

オレ的には補償金全廃、DRMガチのコピーネバーでいいと思う。

 

そういった意味では、DRMは決定的に所有欲を減退させるかも知れない。同時にそれは、再生手段別の価値を創造するということになる。でも今まで持っていたと思える権利を制限するようになるしかないから、当然の感覚として、単価は下がるべきとなるよね。本当にマルチユースを求めている人がどれだけいて、実際に使ってくれるのか。そんなにはいないと思うのだけど。

結局話が帰結するところは不正コピー対策なのでしょう。そして、不正コピー対策としてのDRMは、必ず破られるであろうという点から有効性に乏しい。だからといって野放しにもできない。利便性より権利保護。

多分みんなDRMが答えじゃないのを知っている。現状のどうしようもない運用として。


そう、だからこそDRM賛成。
補助金全廃は難しいだろうが。一度手に入れた利権は手放さないだろうし、CDやDVDのように事実上コピーフリーのメディアもまだ充分残っているわけだし。

まず「補償金」という制度自体は、記録メディアには有著作権コンテンツが記録される「可能性がある」が、権利者の取り分を広く浅く確保するのでうるさく言うなという妥協の産物であって、それ自体に正当性はないと思う。「可能性」という不確定性を持って利益を補償するというそれには。
もっとも、現実ってやつは利害関係の衝突における妥協の連続であって、その妥協策自体にはそれなりの価値があるとは思うけどね。

オレは「正当な理由や対価無く金銭物品を乞うものを乞食という」と思っているんだけど、「Culture First」とか喚く方々はそうした記録メディアの購入者に対して正当な理由や対価を提供したと胸を張って言えるのか。
ホント恥ずかしくないのかと思うよ。「文化を守るため」だの「文化が経済至上主義の犠牲になっている」なんてどの口が言うのか。

戯言を喚いているヤツは、人はパンのみでも生きられるということを忘れてないかい?
人は食わねば死ぬ。それゆえに食物は必要だ。人が人として存在するために。
しかし、コンテンツはどうか?
コンテンツを作ること自体に価値など無い。初めから必要性のあるコンテンツなど無い。
コンテンツはそれが必要と認識されたときに初めて必要になり価値が生まれるのだ。
平たくいえば、そこに「感動」とかそうした心の動きが生じるから価値があるのだろ。

そして必要の無いものはただ淘汰されるだけだ。
その時代に何が必要とされ、そして何が必要だったのか、それも含めて「文化」なんじゃないのかね。
なんで日本人は自己主張して終わりなんだろう、って?
それは大部分の日本人がその「文化」とやらをその程度にしか思っていないってことなんじゃね?

「俺たちは『つくる人間』だ。価値あるコンテンツを提供する可能性がある。それだけで価値がある。だから金を払え。」は通らない理屈だ。どっちが経済至上主義者だよw。
もちろんクリエイターとて人の子。食わねば生きてゆけぬ。しかし生き難いのは世の常だ。だからこそもう一度言う。

正当な理由や対価無く金銭物品を乞うものを乞食という。

だからこそ、購入者を信用しないというのなら、DRMをガチにして補償金を取るべきではない。権利者の権利行使として不正コピー対策としてのDRMには正当性がある。少なくともオレはそう思う。
そしてそれが「必ず破られるであろうという点から有効性に乏し」く、少数の「技術者」がそれを破り多数の非技術者に配布するいつもの「いたちごっこ」が続くとしても。錠前を堅固にしなければならないのは錠前師の宿命だ。

購入者は複製も移動も出来ないことを承知の上で買えばいい。それが嫌なら買わなければいい。
ただそれだけのことだ。プレイヤー破損の可能性があったCCCDと同じ。

わずらわしい複雑なしくみは購買者を遠ざけるだけだ。そんなものは要らない。価値が無い。
そんなことにさえ気付かず、ただ利権にしがみついたまま滅べばいい。終わりはすでに始まっている。
この問題を「顧客との関係構築」でなく「利害関係者の対立」としか捉えられないバカどもに何を言ってもわかるはずがない。CCCDの結末から何も学ばなかったものたちに。

しかし人間とてバカばかりではない。そうした事態に柔軟に対応してくる人たちも現れるはず。
また、人間の「つくりたい」という欲望は根源的なものだ。システムがどうであろうと、価値あるコンテンツを作り上げる人たちはいずれ必ず出てくるはず。
一生なんとか三畳一間でも暮らしていければ、と覚悟していた
なんて人が人を感動させるものを作っていくわけだから。

枯れ果てた大地にだってまた花は咲く。
  1. 2008/01/21(月) 01:16:18|
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