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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

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法とモラルの狭間

なんだか例の準教授の件で町村先生のブログが炎上してるね。
最初見たときはプチ炎上程度だったのだがいまや400以上のコメントが付いてる。

  准教授の個人blogの記述に勤務先大学学長が謝罪(Matimlog)


 

彼女の基本姿勢は、オンとオフとを区別して、オフでは思いっきり本音を言いたいというところだったのだろうが、その区別を尊重することなく、職場やゼミ学生にまで攻撃の手を広げる輩の存在を少々甘く見すぎていたというところだろう。
(中略)
理念的には、組織にいる個人であっても、自己の責任において自由に本音の発言をすることは、尊重されなければならない。
言論の自由には責任が伴うのだから、当該発言者自身が批判にさらされることは甘んじて受けるとして、所属組織をことさらにあげつらったり暴いたり、所属組織に抗議したりするのはお門違いであろう。
(中略)
また上記の青山学院大学長の謝罪見解も、「今後このようなことが繰り返されることのないよう」どう努めるというのか?
個人がブログに思いをつづることと、活字メディアに見解を発表すること、さらには学術論文として発表することは、どれも思想の自由、言論の自由に属する行動であり、大学が所属教員に対して介入することが最も不適当な領域である。軽々しく、「このようなことが繰り返されることのないよう」努めるなどと発表できるものではない。
できることはせいぜい「一般的に気をつけてくださいね」という実効性ゼロのおふれを出すくらいであり、それを超えて何かするつもりなら、直ちにデリケートな問題に触ることになる。そして特に大学という組織が教員に対して「世間の批判を恐れて表現を慎め」というようなことをいうようになれば、もう「大学」の名には値しないのである。

瀬尾准教授の今回問題となったブログ記事だって、確かに表現はたいそう刺激的で、確かにどうかと思うところはあるが、刑事裁判が被害者の復讐のためにあるわけではないという部分に関しては、むしろ当たり前のことを述べたにすぎない。
その当たり前の内容を、あるいは当たり前ではない異端の説であっても、口をつぐまなければならなくなるというのは、なんとしても避けるべきである。


町村先生の言説が問題の青山学院大学瀬尾佳美準教授を擁護するものだとして炎上した模様だ。
割と恣意的に抜粋してるので(笑)よいこはリンク先で全文をコメント欄込みで完読するように。


町村先生の言うことは理解できる。
常連のハスカップ氏がコメント欄で「あんたのことは反吐がでるほど嫌いだし、主義主張は軽蔑している。しかし、あんたがそれを言う権利は命をかけて全力で守る。」という弁護士とリンカーン・ロックウェルの逸話を持ち出して擁護しているけども、先生は「法」「学者」として、

  「彼女の発言は法に照らして罰せられるようなものではない」
  「表現の自由は不可侵」

という矜持なのだと思う。オレ的には「お疲れさん」としかいいようがない。


今回の炎上の直接的な原因は、法の裁きによらないモラルの許容範囲がどの程度か、ということに対する閾値の落差による意識の乖離だと思うからだ。
コメント欄で攻撃(笑)している「モラルに反している。処分せよ」と訴える沸点の低い人たちの閾値に較べて「個人のモラル<表現の自由」と捉える町村氏のそれが準教授寄りだった、ということに尽きる。
オレも不快感至上主義そのものには問題ありありだと思うしね。

まあ当の瀬尾佳美準教授のいくつかの発言については、(立証可能かどうかは別として)犯罪告白だったり、訴えられれば「名誉毀損」「侮辱罪」に問われるような蓋然性があると思うのだけど、その程度のことはおそらく町村先生にとっては「表現の自由」に伴うリスクということなのだろう。

町村先生はコメント欄でも次のように述べているわけだし。

生徒と学校の関係と、労働者と雇用主の関係、それに個々の教員と大学との関係は、それぞれに論ずべきで、同列には扱えないです。
それに学校や企業が謝罪するのは、それぞれの判断によるものですから、それは尊重しなくては。

しかし、生徒であれ労働者であれ、その表現行為の自由が押さえつけられるのは、一般的にいって好ましいことではありません。もちろん教育的な観点や企業の信用とか経営との関係があり、これまた一概には言えない、企業ごとにも違うかもしれませんが。

大学だって一概には言えないし、キリスト教系の大学とそうでないところとでは制約が異なるかもしれません。
しかし問題の瀬尾准教授の発言の表現については、キリスト教系だろうがそうでなかろうが、社会的に非難されて当然の内容だと思いますが、大学がそれを指導したりコントロールしたりするのは極力避けた方がよいと考えているわけです。

投稿 町村 | 2008/04/28 08:11



エントリの断定調と較べるとなんとも歯切れの悪い感じだけども。
しかしオレの意見はコメント欄の

大学当局が謝罪しているのも規制しているのも言論に対してじゃないですね。
なんか、言論の自由とか大学自治の問題と勘違いしてませんか?
特定個人を名指しで誹謗中傷した名誉毀損、大学全体の質・学識を疑わせる内容の誹謗中傷罵詈雑言が信用失墜行為に当たるということでしょう。
本人がまず信用失墜行為に対する責任を取り、その上で名指しした中傷への当事者に対する謝罪を即座に行うのが義務でしょう。
その義務を本人が拒否している間は大学が相応程度の処分を行い活動を規制するのは当然のことであって、監督責任者として本人に代わって被害者に謝罪するのは当然でしょう。
監督責任者は義務を果たさないわがままちゃんの存在に甘えて監督を放棄せよと強要なさるおつもりで?
たとえば本人も当局も謝罪無し、とかなら私学助成金どうしようかとか、研究費公募どうしようかという納税者の訴えになっていくんじゃないですかね。

投稿 t | 2008/04/29 01:53


に近い。
かの準教授の発言は度を越えているとオレは思うし、本人が所属を晒している以上、オレを含めかなりの人の青山学院大学に対するイメージを損なったと思う。キチガイを飼っていると思われるのは営業上もかなりのマイナスだと思うしね。青学って私学であり私企業でしょ?

学究の徒は愚民に迎合して口を慎むいわれは無いというご高説は個人の立場から見ればごもっともだとは思うけども、大学の立場としては一般民衆の評価がまわりまわって自分のところに帰ってくるわけで。
それに甘んじろというのは程度問題にしてもちとかわいそうなんじゃないかと思う。
「表現の濫用」を戒め周囲のイメージを損なわないように品位を保つ、程度のことは許されて然るべきなんじゃないのかな?

さらに青山学院大学は教育方針および理念として下記のようなことを掲げているわけで、それを著しく損なう人物は共同体としての青山学院の一員として相応しくない、ということになると思うのだ。
それに、我ながら一般的な観念だとは思うが原則的に教育者はモラリストたるべしと思うしね。
もちろん個人のモラルというものにはコメント欄の議論を見るまでもなくある程度巾があるわけだけど。

青山学院教育方針

青山学院の教育は
キリスト教信仰にもとづく教育をめざし、
神の前に真実に生き
真理を謙虚に追求し
愛と奉仕の精神をもって
すべての人と社会とに対する責任を
進んで果たす人間の形成を目的とする。

青山学院大学の理念

青山学院大学は、「青山学院教育方針」に立脚した、
神と人とに仕え社会に貢献する
「地の塩、世の光」としての教育研究共同体である。
本学は、地球規模の視野にもとづく正しい認識をもって
自ら問題を発見し解決する知恵と力を持つ人材を育成する。
それは、人類への奉仕をめざす自由で幅広い学問研究を通してなされる。
本学のすべての教員、職員、学生は、
相互の人格を尊重し、建学以来の伝統を重んじつつ、
おのおのの立場において、時代の要請に答えうる大学の創出に努める。


法と個人のモラルの狭間を埋めるもの、それの一つに所属する共同体の戒律とか規範があるのではないかと思うのだよね。それもまた上記のような理念によるものだったり、あるいは商習慣だとかそういうものだったりするのかもしれないけど。
そしてその共同体に属するものがそれに反した場合は共同体から何らかのリアクションを取られても仕方が無いだろうとオレは考える。
今回の件は件の発言の内容(というか態度そのもの)が青学の理念に反していたという風に考えると、学長の謝罪はありだとオレ的には思う。

ただ、後日談を見る限り本人に反省の色が見えないにもかかわらず上の人間が謝るってのは別の意味で違和感があるけどね。なんだか謝る親の後ろでアッカンベーするガキを見てるようだよ。
そういうガキには普通、帰ってからキツーイお灸をすえてやらないといけないのだけどね。

町村先生の反応はそのリアクションが学者の「表現の自由」に及ぶ懸念というか過剰反応だったと思う。本人もコメントで「一般論」と釈明しているし。
一般論にしても「反社会的で理不尽な発言」と「学説上の異端論など」を同じ「表現」としてくくるのは無理があるわけで、これは「表現の自由」とは別のくくりになると思うよ。自由はあれど濫用が許されるわけではないと思うし。特に彼女の場合、言論の内容そのものもさることながらそれ以上にその表現が殊更侮蔑的だった、ということが反感を買っているわけで。
そしてそのリアクションがなんらかの処分だったりする場合にそれが法的に適当かどうかというのは裁判所が判断する問題だろうしね。
逆に言うならばそのような戒律とか規範は個人のモラル以上法未満の存在でしかない、とも言えるだろうね。

コメント欄の議論は見ていてなかなか面白かったけど、途中、コメンター同士で喧嘩が始まって、議論に寄与する気がないならすっこんでろとか思ったよ。戦力害ってやつかね。まあそれも炎上の醍醐味だけど。
そうそう、いつもの藁人形師がよせばいいのになんら議論に寄与しない茶々入れて周りに一蹴されたのにはワロタ。ていうかもはや哀れみすら感じた。
  1. 2008/04/29(火) 04:19:14|
  2. Webの揉め事とか炎上とか
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