難しいのは、大学の教員について教育者としての適性があるかどうかを、その言動で評価することは当然という考え方で、これには一般論として反論は難しい。しかし同時に、前に書いたように大学の教員に対して表現行為を自粛しろというのは「もう「大学」の名には値しないのである」。
やはり、当該教員の表現内容を実質的に評価して、限度を逸脱していると評価するのであれば、教育担当者として適性なし=授業担当を外す〜懲戒処分をするという余地があることは認めざるを得ないが、その評価基準は、極めてデリケートである。
落合弁護士は「研究者、教育者としての資質、能力に根本的な疑問をもたれても仕方がない、という印象を、率直に言って受けました」と評価されているが、慎重なことに、これを理由に大学としての処分をすべきかどうかには言及されていない。
瀬尾准教授を擁護するものではないし、彼女の言動は教育者としての適性を疑わせるに十分との評価もあり得べきだとは思うが、ではそれを理由に懲戒処分が相当かというと、疑問が残る。
件の学長が普段から教員の気にくわない言動を指摘したり処分をちらつかせたりしているとかいうなら言論の自由、大学の自治の問題になるかもしれません。
でも、大学当局はそんなことはしていないようです。
瀬尾のやっていることは言論ではなく、文字列を使用した不法行為に過ぎず、言論と呼ぶに値しないのではないでしょうか。
むしろ、瀬尾のやっているようなことを言論として要因するような姿勢を所属機関が示した場合、その機関に属する他の者の言論がどのように評価されるのか考えてください。
無法者により信用失墜するのを放置し、所属機関の言論の価値が著しく低下するに任せることが言論の自由ですか?
言論の自由というのは不法行為等を行わない(他者の自由を侵害しない)ことで初めて自由を主張できると思いますし、大学の自治というのも言論の最低限のルールを守らない者を自浄できるということを含むのではないですか。
不当な統制に反抗するだけが自由ではないでしょう。
他者の自由を侵害しないという最低限のルールを守らせることも自由を担保する上で必須のことです。
とにかく長の権限は抑制しておけみたいな、教条主義的な態度は今時信用されるんでしょうか。
投稿 t | 2008/04/29 10:05
ということだ思うのだ。「表現の自由」はあっても「放言の自由」はない
店員の立場からすると、まっとうにやっている自分の商売に影響のない処分を望むだろうし、
社長の立場化すると、自社の利益を最も損なわない方針を望むだろうし、
客はとにかく重い処分を望んでいる現状、だとすると結論は、労使の力関係に集約されてしまうのでしょう。
個人的には、処分に対しての他の青学教授の意見が気になるところ。
だからこれは、この立場の意見としては聞いておくべき内容だと思います。

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