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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

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刑法39条の欺瞞

これまで何度も何度も書いているけども、刑罰はその犯罪行為に対して科せられるべきであり、行為者の内面に踏み込むべきじゃない。

  大阪・八尾の兄刺殺:被告に無罪判決 大阪地裁「心神喪失」と(毎日.jp)


 

大阪府八尾市で06年10月、家事の分担を求められたことに腹を立て、同居の兄(当時44歳)を自宅で刺し殺したとして殺人罪に問われた無職の男性(43)に対し、大阪地裁(笹野明義裁判長)は26日、「犯行時、心神喪失だった」として無罪(求刑・懲役7年)を言い渡した。

 判決によると、男性は06年10月6日朝、八尾市内の自宅で兄から「米研ぎと皿洗いは絶対にしてもらう」と言われたことに腹を立て、兄の背中に包丁(刃渡り17・5センチ)を突き刺し、失血死させた。

 男性は90年から統合失調症を発症し20回以上の入退院を繰り返していた。公判では検察側が、起訴前の簡易鑑定から心神耗弱にとどまると主張していた。

 判決は、男性が統合失調症によりストレスへの耐性が弱くなり家事分担を重い負担と感じたことが殺意のきっかけとした。笹野裁判長は「犯行と統合失調症の結びつきは極めて強い。善悪を区別して行動を制御する能力がない状態だったとの疑いが残る」と結論付けた。【北川仁士】


まだまだ行くよ。


  無罪判決:家族3人殺害の男性に 心神喪失状態と判断(毎日.jp)

約9年間自宅に引きこもった末、両親と姉を殺害したとして、殺人罪に問われた茨城県土浦市、無職の男性被告(31)に対し、水戸地裁土浦支部の伊藤茂夫裁判長は27日、無罪(求刑・死刑)を言い渡した。犯行時に心神喪失状態だったと判断した。

 男性は04年11月24日、自宅で、父(当時57歳)、母(同54歳)、姉(同31歳)を包丁や金づちで殺害したとして起訴された。男性は専門学校を中退後、19歳ごろから自宅に引きこもっていたという。

 検察側は捜査段階の精神鑑定が完全責任能力を認めているうえ、同年6月ごろ父と口論になった後、包丁と金づちを購入していることから「動機や計画性がある」と主張。弁護側は、公判段階の鑑定が「心神耗弱状態で、心神喪失も否定しない」という結論であることから「統合失調症で妄想に支配されていた」として無罪を主張していた。【扇沢秀明】



  滋賀・長浜の園児刺殺:控訴審第1回公判  被告の主治医を尋問へ(毎日.jp)

滋賀県長浜市で06年2月、グループ通園中の幼稚園児2人を刺殺したとして殺人罪などに問われ、1審・大津地裁で無期懲役(求刑・死刑)の判決を受けた鄭永善被告(36)=中国籍、日本名・谷口充恵(みえ)=の控訴審第1回公判が25日、大阪高裁であった。

 07年10月の1審判決は、鄭被告の精神状態を「統合失調症の影響で心神耗弱だった」とした精神鑑定結果を合理的と判断し、極刑を回避した。

 この点について検察側は控訴理由の中で、「犯行は統合失調症によるものではなく、『長女がいじめられている』との思い込みが動機」と述べ、完全な責任能力があったと主張。再鑑定や医師ら専門家の証人尋問を求めた。弁護側も控訴しており、「心神喪失で刑事責任を問えない」と、改めて無罪を主張した。


統合失調症患者は潜在的殺人者だから危険、ということですね。わかります。

心神喪失が刑に問えないのは刑法39条による。


  責任能力(Wikipedia)

心神喪失とは、精神の障害により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が失われた状態をいう。心神喪失状態においては、刑法上その責任を追及することができないために、刑事裁判で心神喪失が認定されると無罪の判決が下ることになる。もっとも、心神喪失と認定されるのは極めて稀であり、裁判で心神喪失とされた者の数は平成16年度以前10年間の平均で2.1名である。同期間における全事件裁判確定人員の平均が99万 6456.4人なので、約50万分の1の割合となる(平成17年版 犯罪白書第2編/第6章/第6節/1)。また、無罪判決がでるほどの重度の精神状態であれば回復の見込みは低く、一生を精神病院で過ごす可能性が高い(仮に復帰できても社会生活に戻れる者はごく一部に限られる)。

心神耗弱とは、精神の障害により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が著しく減退している状態をいう。心神耗弱状態においては、刑法上の責任が軽減されるために、刑事裁判で心神耗弱が認定されると刑が減刑されることになる(必要的減軽)。心神耗弱とされるの者の数は心神喪失よりも多く、裁判で心神耗弱とされた者の数は10年間の平均で80.4名である(犯罪白書同上)。


ふーん。2.1人/年か。意外と狭き門なんだね。弁護士の常套手段の割には。
ならばなおさら改正しても問題は少ないんじゃないの?

オレは刑法39条はむしろ精神障害者への偏見を促す悪法だと思ってるんだけど、同じことを言っている人がいた。


  第1回 精神病院大国、ニッポンと刑法39条  芹沢一也インタビュー 其の一 (愛と学問の旅立ち)

――無知でお恥ずかしいんですが、芹沢さんの『犯罪と狂気』を読んではじめて日本が精神病院大国だということを知りました。

芹沢 じつは意外に知られていないんですよ。かなりの識者であっても、日本が世界最多の精神障害者の入院患者をもつ国であることを知らなかったりします。人によっては、アウシュビッツと旧ソ連の強制収容所と日本の精神病院を三大収容施設というほどなのに。

――その数たるや34万人。入院患者の4人に1人が精神障害者とは……。

芹沢 精神障害者による凶悪犯罪が起きると、すぐにマスコミは精神障害者が野放しになっているとかって、ワーッと騒ぐ。しかしこれまで大勢の精神障害者が隔離、監禁されてきた歴史というのはほとんど触れられません。その負の遺産として世界最多の精神病院があるのですから、そのことに触れないというのはまったくの片手落ちです。

――そういう事件が起こるたびに、刑法39条の是非についても盛んに論じられますね。「心神喪失者の行為は、罰しない。」「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」という二条ですが、一人の思想史家として、39条についてはどのような考えをお持ちですか。

芹沢 僕が一番問題だと思っているのは、刑法39条によって精神障害者が「危険人物」という形で括られていくという現実です。
 精神障害を理由に責任能力を問われない、それ自体はよくも悪くもないんだけれども、そのことが精神障害者は危険であるという形で、犯罪的な傾向と結び付けられていく。そして、その危険性によって隔離・排除されていく。それはまずいだろうと思うんです。
 犯罪を行なった精神障害者に対して、検察は精神科医に精神鑑定を依頼し、「責任能力なし」というお墨付きをもらって不起訴とし、「措置入院」という名のもとに精神病院に送り込む。でも、こうした処置の法的な根拠、科学的な根拠なんて一つもないわけですよね。結局は、その人間が社会にとって危険かどうか、要するに「違法であるかどうか」ではなくて「異常であるかどうか」で裁かれていくということではないですか。


精神障害者でも社会に交わって普通に生活しようと頑張っている人は多いはず。
それを「異常であるかどうか」で峻別する39条はやはり差別を助長する悪法じゃないのかと思う。
まあ基本的に人を殺すヤツがまともなわけねーだろと思っているというのもあるけども。

そういえば、事件を起こしても精神障害を理由に何度も不起訴になった挙句、子供を無差別に殺戮した宅間守ななんてのもいたっけ。
心身喪失によって無罪となった犯罪者は措置入院させられることが多いのだけど、これも別に終身というわけではない。治癒と「判断」されれば退院になる。治癒したかどうか誰がどう「判断」するかだが。
そして、別に退院者に首に鎖が付けられているわけではない。

「鎖を付けろ」という議論が出てきても別におかしくはないよね。
そして、これは措置入院患者にのみ適用される議論ではない。
だって精神障害者は須らく潜在的殺人者なんだから。
あるいは「君子危うきに近寄らず」を実践する人がいてもまったく不思議ではない。

近隣に精神科に通院している人がいると知った場合、多分オレはそれなりに警戒すると思う。
少なくともその人となりや病状の詳細を知らない限りにおいては。

こうして精神障害者は孤立していくわけだね。気の毒だけど仕方が無い。
  1. 2008/06/28(土) 01:11:14|
  2. 国内ニュース
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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毎日新聞のミステリィ>> | ホーム | <<当然ですがこの記事も誹謗中傷じゃありません。

コメント

悪法かどうかは運用次第でしょう。「安全な精神障害者」と「危険な精神障害者」が居ると思うのですが、「危険な精神障害者」に社会がどう対処すべきかという問題が十分に検討されていないのだと思います。知人が精神に異常をきたして精神病院に入れられた事があります。人を殺すほどではなかったけど、確かに「危険な精神障害者」でした。社会の為にも、家族の為にも、本人の為にもしっかり隔離するのは絶対に必要な処置だと思いました。

ちゃんと区別した言葉を使えば、差別は減らせると思います。例えば、「危険な精神障害者」は診断基準を設けて「自傷他傷危惧精神障害者」とでも定義して安全な「一般精神障害者」とは法律でも治療でも保険でも別枠に扱えばよいのでは。

刑法に関しては、精神障害を考えない場合の刑期相当期間以上にわたり、措置入院を継続するよう改めてはどうでしょうか。責任能力が無くても、社会にとり危険であることは変わりないので隔離する必要は変わりないでしょう。執行猶予無しで刑期相当期間より長ければ詐病や人権派弁護士のデタラメな精神鑑定は激減すると思いますよ。
  1. 2008/06/29(日) 03:16:08 |
  2. URL |
  3. 阿呆 #mQop/nM.
  4. [ 編集]

>>阿呆 さん

「無罪」で「措置入院」というのは、「危険な精神障害者」の処置を行政に移すということです。
阿呆 さんの仰るとおり現状で運用面の問題が多々有るのは明白ですが、入院者の処遇が司法の介入しない判断によって決定されるというのはやはり大きな問題だと思います。

「統合失調症などの精神障害者は責任能力が無いので社会にとって危険な存在」
これは現状の運用からすると普通に導き出され得る差別です。
本来、上記のような「精神障害者=危険」というケースはいくつかの留保の上に成り立っていますが、往々にして差別というのはこういう留保をなし崩しにした状態で生じますから。
傍目には、責任能力がなく凶悪犯罪を起こす蓋然性がありながら何の制限も無く社会に放置されているわけですからね。物騒極まりないという感情が生じても別に不思議ではありません。命に関わる問題ですからね。

もし仰るように「自傷他傷危惧精神障害者」というような定義を設けるのならば、大事なのは「危険な精神障害者」の診断基準をどう設けて誰が判別しどう責任を負うかということです。
内面における「安全」か「危険」かの垣根はかなりデリケートなものだと思いますしね。恣意的に利用されないとも限らない。
それならば通常人同様「行為」の内容で判別するのがもっとも合理的だと思いますが。

>執行猶予無しで刑期相当期間より長ければ
それなんて終身刑?
死刑反対派の弁護士はよろこんでそちらを選択しそうですが。
  1. 2008/06/29(日) 12:50:15 |
  2. URL |
  3. zak #S/G8Z6W.
  4. [ 編集]

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