QLOOKアクセス解析

人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

勝手に来て、勝手に帰って、勝手に怒る人たち

強制帰国って?ええっ?

   朝鮮人 「我々は朝鮮半島に強制帰国させた日本を許さない!!」(ちょっとアレなニュース)

 

北送在日同胞9万人…日本は彼らを‘追放’した

 南側では‘北送’という。 北側では‘帰国’と呼ぶ。
1959年末から84年の間に9万3340人の在日朝鮮人が北朝鮮へ行った事件をいう。
25年にわたる長期の事業であるが、最初の2年間に全体の80%が集中した。
当時の在日朝鮮人社会の6分の1の人口があっという間に消えたのだ。
彼らは本当に‘消えて’しまった。 北から送られてきていた手紙は数年後にはほとんどなくなった。
わずか50年の歳月の間、10万人の‘移住民’の生活は歴史の書庫の中にしまわれてしまった。

彼らは故郷へ帰ったのか。そうではない。 日本を離れて北朝鮮へ行った人の97%は南の出身者だった。
彼らは‘共産主義者’だったのか。彼らが望んだのは‘理念’というよりも職場だった。

この事件は▽日本では‘人道主義’精神の勝利▽北朝鮮では‘社会主義’祖国の勝利
▽韓国では北朝鮮と在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の工作--という程度に公式化され、忘れられた。
90年代に入り、彼らの一部が脱北者の行列の中で‘共和国の歳月’を独白しているだけだ。

北朝鮮当局でさえ1000人以下と予想した帰国者規模が、
わずか3-4年で100倍近くに増えた理由は何か。
彼らは本当に自発的に北朝鮮行きを選んだのだろうか。

日本から捨てられ、韓国が放棄し、北朝鮮が利用した彼らの人生は、
第3者の視線からは最も切なく映っているのかもしれない。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=108733&servcode=400§code=440


勝手に来たくせに「強制連行された」と文句を言い、
望んで帰ったにもかかわらず「強制帰国」と文句を言い、
残った人間は「差別」と文句を言う。

「日本が追放」したとか「日本に捨てられ」たとか、いったいお前は何を言ってるん(ry
在日朝鮮人ってのは「戦時中強制連行されて戦後祖国に帰れない」かわいそうな人たちじゃなかったのか。帰れてよかったじゃないか。
ていうか、当時在日の帰国者を受け入れなかったのは韓国なんだけどな。
下記の記事は密航者の送還に関する答弁だが、

■「衆議院 - 法務委員会 - 23号 昭和30年06月18日」の国会答弁
ttp://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/022/0488/02206180488023a.html

○小泉政府委員( 小泉純一郎の父 )
日本から、密航した者を密航したという確証をあげて韓国に申し入れましても、
その送還を容易に受け付けない
、日本は向うから出てきた者を受け入れっぱなし、
不法入国であろうが何であろうが、返すことができないで、
大村収容所にはますます人員がふえていく、それをみな国費で、
国民の血税で養っているわけです。


帰そうと思っても、南が受け入れないから、半島に帰りたい人は皆北に逝って行ってしまったんだろうに。
むしろ今居座ってるのは朝鮮戦争や済州島虐殺で日本に逃げてきた人たち。


昭和25年(1950年)6月28日(水)付産経新聞朝刊
http://www.clash-j.net/memo/korea06.html

「密航4ルートの動態 日韓結ぶ海の裏街道 潜入はお茶のこ 捕わる者僅か2割」

朝鮮南北戦争の拡大によって憂慮されることは、南鮮避難民の日本への殺到だ。終戦以来、“悩みのタネ”となっているこの密入国は、今次の戦乱で明日にでも、どっと押寄せてくる危険がある。
目下、政府は緊急対策をねっているが、今ここに“日本密航への途”を衝き、その実態を明らかにしてみよう。

密入国および不法入国は近来、職業的な密輸密航に変り、手口も巧妙となり、取締法規の盲点をつく知能犯的性格をおびてきている。密航のルートには現在、大別して次の4つがある。

(中略)

これら4ルートを通じて終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる。

<敗戦国の悲しさ>

これが取締りは目下、海上保安庁と国家警察本部が当っているが、密輸団は火砲装備を持っているに反し、我が監視船は何ら装備なく、捕捉率はきわめて悪く、密輸船の2割程度しか捕捉出来ない現状にある。
また、入国した際の外国人登録証明は暴力と買収につきるといわれ、それがそのまま合法化する場合が多いようだ。

逮捕された朝鮮人は、佐世保港外針尾収容所に送られるが、この収容能力は800名で、到底収容しきれず、また送還しても何ら不法入国についての刑罰的規定がないので、何回も渡航を企て、当局でも全くその対策には手を焼いている模様だ。 今次、南北鮮戦争から今後、南鮮からの密入国者は莫大な数字に上るものと予想される折柄、その根本的対策の樹立がきわめて注目されている。



  済州島四・三事件(Wikipedia)

済州島四・三事件(チェジュド(さいしゅうとう)よんさんじけん)は、1948年4月3日に現在の大韓民国南部、済州島で起こった人民遊撃隊の武装蜂起にともなうとされる虐殺事件。南朝鮮労働党が関わっているとされ、政府軍・警察による粛清と鎮圧によって、多くの島民が虐殺された。
(中略)
流刑地だったことなどから朝鮮本土から差別され、また貧しかった済州島民は、新天地を求めて日本へ出稼ぎに行き、定住する者もいた。韓国併合後、日本統治時代の初期に朝鮮から日本に渡った20万人ほどの大半は済州島出身であったという。日本の敗戦による朝鮮半島解放によってその3分の2程は帰国したが、四・三事件の難を逃れようとした済州島民は再び日本などへ避難あるいは密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。事件前(1948年)に28万人いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減したとされる。


ぶっちゃけ今「差別」だのどうの騒いでるのは、戦前からの(合法的な)居住者でも戦時中の強制連行者でもなく、むしろ戦後の密航者の子孫ってことだ。
いつも言っていることだが、文句があるなら「祖国」へさっさと帰ったらいいんだよ。日本人はそれを妨げたりはしないから。
そして二度とこちらを見るな。

もっとも、冒頭の記事が掲載された中央日報は、日本が円高介入にドルを放出すると思ってるような新聞だから、何か大きな勘違いをしている、という可能性も捨てきれないけども。


  日本、円高を防ぐため市場介入を検討(中央日報)

日本政府は2004年3月を最後に円を売りドルを買う外為市場介入を中断した。今回日本政府が外為市場に介入することを最終決定すれば5年ぶりに日本が保有するドルが国際外為市場に供給されることになる。世界2位規模の外貨準備高は約1兆ドルだ。


  1. 2008/12/17(水) 00:20:59|
  2. 朝鮮半島ニュース
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
以下、広告です。
 


ソーセージでナポリタン>> | ホーム | <<おお、確かに速くなったFirefox

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://zakmustang.blog26.fc2.com/tb.php/2688-c0e2cef8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。