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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

モヤモヤはいつか形になる - オレがblogを書く理由 -

作文、感想文・・・、子供の頃、文章を書くのが苦手だった。

天から降りてくるかのように文章をすらすら書き出す人がいるが凡人のオレには出来ない。思うままに書く文などせいぜい50文字が限界だ。
ましてやそれが自分の書きたいテーマでなく指定されたものだとしたら、その出来は・・・絶望的。その点で職業ライターをオレは無条件に尊敬する。

まとまった文章を書くときの最近のやりかたはこうだ。
まず書こうとしていることに関するキーワード、短文をなるべく書き出す。
そこからそれらを自分の論点に沿って試行錯誤してつなげていく(この時点で論点がどんどん変わっていくこともある)。
つなげたら、今度はそこから「書くべきでないこと」を考えながら削っていく。「書くべきでない」と感じるのは、感情的な形容がないか、独り善がりでないか(ネタの場合その限りでない)、ツッコミどころを埋めてないか、論点を不明瞭にする文章が含まれてないか、リズムは悪くないか、冗長になってないか、などなど。基本的にシンプルで提示/問いかけのあることを目指している。
そして表現、文の順番等を整理して内容を整理していく。

それは「僧は敲く月下の門」どころか、まるで「敲きまくりぶっ壊す、ていうか換骨奪胎?」といったところで、これはPCがあって初めて可能になった作業といっていい。

内容を整理していく、と書いたが、このとき自分でも面白いな、と思うのは、このときの「整理」は文章の上だけではなく、それが思考の上でも同時に行われている場合が多い、ということ。つまり、何が言いたいのか自分でもよくわからないままに文章を書き出す場合も多い、ということだ。例えば記事「仁義なき戦いの時代」は何気なくコメントしたことがきっかけになっている。

「ミトメタクナァ~イ!」で書いた自分の性格判断で
「いろんなコトがあいまいなまま、進行していっても結果がよければいい、という考え方です。」
というのがあったけど、全くもってその通りで、まず計画性・構成力がなく、文章にしろ計画とかにしろとにかく「まとめ上げる」という作業は苦手。
そのせいで、わかってねーな、つかえねーなオレ、という事態(自己嫌悪)に陥ることは多い。

絶望に効くクスリ/山田玲司」にあった「希望の言葉」の一つに、
「モヤモヤはいつか形になる」
(誰の言葉だったかWebで探したが見つからなかった)というのがあった。その説明をオレは、(思春期などに)モヤモヤする捉えどころのない気持ち(ていうか欲求不満w?)にイライラすることがあるが、それはいつか何かを生み出すためのエネルギーだから、そこで変に割り切らずにそれを形に出来るときまでそのまま大切にしたほうがいい、と解釈したんだけど、オレにとって文章にして書き出すというのはそれに近いのかな。自分ですらどう考えているかわからないモヤモヤを少しづつ整理して自分の納得できる形にしていく作業。てか、ちいせー、オレ。

つまり「文章を書く」ということは、それ自体が自分自身の頭の中を整理するための作業である訳で、それは存外楽しい。
文章もできたら満足がいくまで推敲し続けたい。おかげでアップしてからも半日ぐらい記事に修正を加え続けたりするので、まめにこのblogをチェックしている人は(いるのか?)記事の変化に気付くかもしれない。
さらに、その記事への反応や似た内容の記事で自分の立ち位置を確認することすら可能なわけで、しかもその作業は書くこと以上に楽しい。やはり他人の考えていることというのは気になるものだ。
オレにとってこのblogというものはまさに至れり尽くせりの万能ツールなのです。

ちなみに、この記事は「おかめはちもく。」サンの「そそられてください。」と「ぼくのWeblog」サンの「タイム・アフター・タイム ‥‥ Confusion is nothing new とシンディ・ローパーは歌う」に触発されて書いたものです。こういう「返歌取り」みたいなことが簡単に出来るのもblogのいいところだね。

記事に関して「他人に気に入られること」と「自分が書きたいこと」を天秤にかけたらオレ自身は後者だと思う。基本的に、フェアであり、他人を理不尽に傷つけることがなければOK。
自分が書きたくもないことを書かなきゃならない人もいるわけだしね。
  1. 2005/06/26(日) 00:00:00|
  2. WEB/BLOG
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:13
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泣き男。 - 見られてもいい涙? ->> | ホーム | <<ああっ、やべー。

コメント

はじめまして。TBありがとうございました。
ぼくさんのところではいつもお名前を拝見しておりました。
zakさんって、ちょっと格好良すぎ・・・とか思っていたのですが、今日の記事を読んで、うんうんそうだよね、と頷けることがたくさんあって、ここでまた触発されてわたしも何か書けそう・・・な気がします。
自分とは毛色の全く違うサイトだからこそ惹かれる、読みたくなるっていうところが、わたしにとってのzakさんの最大の魅力ですね。
とりとめのないことをすみません。また見に来ますね。
  1. 2005/06/26(日) 14:30:00 |
  2. URL |
  3. ヤヤー #79D/WHSg
  4. [ 編集]

はじめまして、ヤヤーさん。いきなりのトラックバックすみませんでした。何かの刺激になれば幸いですー。
同好の士との話題はもちろん楽しいですけど、ジャンルを超えて何か心に触れることってありますよね。

>zakさんって、ちょっと格好良すぎ・・・
そりゃかっこつけすぎってことですかー(笑)?
リアルでは格好良いと言われたことないですから(泣)
  1. 2005/06/26(日) 15:36:00 |
  2. URL |
  3. Zak #79D/WHSg
  4. [ 編集]

「書く」ことによって考えがまとまるというのは、実際ぼくもよく経験することです。大脳生理学的に言うと、それは前頭葉の働きと深く関わっています。「今の気持ち」って言葉にしづらいですよね。今感じている感動とか、ぼくだってそんなの言葉にできない。前頭葉が言語として吐き出せるのは、過去の出来事だけなんです。脳の構造上、ヒトは今の気持ちを言葉にできない。逆に言えば、話したり、書いたり、言葉にすることによってヒトは体験を過去のものにしていっているんです。

  1. 2005/06/26(日) 16:15:00 |
  2. URL |
  3. ぼく #79D/WHSg
  4. [ 編集]

「記憶」とはそういうものです。そしてそれは「嘘」なんですよ。
 ぼくたちはバラバラの断片的な(だけど思いっきりリアルな)感情を、言葉にすることはできない。後から編集して整理した、嘘みたいな綺麗な言葉だけが記憶になる。思うんです。そんなものを信じちゃいけない。言葉にできなかったモヤモヤを大切にしなきゃならない。ぼくは詩人でも小説家でもありません。それでも、言葉の世界に末席で関わる人間として、そう思う次第です。
  1. 2005/06/26(日) 16:16:00 |
  2. URL |
  3. ぼく #79D/WHSg
  4. [ 編集]

長文のコメント失礼しました。このことについては、非常に思うところ大でして、もう少し整理して、つまり嘘として文章化して自分のところに書きたいと思います。いつも刺激的なTBをありがとうございます。
  1. 2005/06/26(日) 16:23:00 |
  2. URL |
  3. ぼく #79D/WHSg
  4. [ 編集]

形になるようなモヤモヤなんか、モヤモヤじゃない。見せられるような傷なんか傷じゃないし、言葉にできるような気持ちなんか気持ちじゃない。うーむ、このコメント欄を下書きに使っています(;^_^A 今夕食の準備中。今夜のメニューはタラをオリーブオイルで炒めて味付けしたもの。
  1. 2005/06/26(日) 17:41:00 |
  2. URL |
  3. ぼく #79D/WHSg
  4. [ 編集]

オレの晩飯は残り物でスパゲティすかね。

例えばオレがカエルを見たとして、それを絵に描いて他人に見せる。
するとカエルを見たということは他人に伝わるが、伝わったのは、絵に描かれたカエルという「シンボル」であって、見たカエルそのものではない。他人の中でオレが見たカエルはシンボルを元に再構成される。
他人だけではなく自らもまた記憶の中のカエルという「シンボル」を元に「物語」を再構成する。
というところですかね。
しかしオレの記事にこんなにコメントが付くのは初めてだ。何か嬉しいな。
  1. 2005/06/26(日) 19:15:00 |
  2. URL |
  3. Zak #79D/WHSg
  4. [ 編集]

うちはハヤシライスでした。
玉ねぎじっくり炒めてる最中に義父に「焼き肉が食べたい」とか言われて、急遽豚バラの薄切りで生姜焼きも作ったりして、品数だけは豪華。
って、そんなハナシじゃありませんよね。
わたしは「自分が書きたいこと」を、どうやったら「面白かった」と言って貰えるかを意識してますね。嘘、というか、脚色はします。
商売やってるせいで、やはり人の目は気になりますから。
でも、そうして、ポップに深刻な話をしたりして、なんにもしてない自分をごまかしたりもしてるのですよ。
・・・ああ、いいなあ。なんかわたしの周りではブログで自分の考えてることとか議論してる人っていなくって、あたりさわりのない「みんな仲良しブログ」みたいなのが多くて。
考え方が違っててもいい、そういうのもありだ、って受け入れられる関係でありたいです。
おそらく実生活ではお会いする機会がないでしょうから。
  1. 2005/06/26(日) 19:52:00 |
  2. URL |
  3. ヤヤー #79D/WHSg
  4. [ 編集]

 うーむ。音楽をやったり、絵を描くという、行為そのものは、原初のカオスをダイレクトに記憶する一手段なんです。ところが、それを「観る」という段階で「解釈」が入る。脳が勝手に再構成をはじめちゃう。カオスは単なるシンボルとなり、感情は整理整頓され「記憶」される。というところっすかね。ぼくは逆に、Zakさんとは、どこかで会いそうな気がします。
  1. 2005/06/26(日) 20:25:00 |
  2. URL |
  3. ぼく #79D/WHSg
  4. [ 編集]

>ヤヤーさん
オレは逆になるべく忠実に書こうとします。むしろ書きたいことを書きなぐる感じなのでエンターテイメント性は低いかもしれませんね。オレの推敲は自分の意図を忠実に伝えたいがためのものです。ボケの精神も含めて。
やたら長い深刻な記事も一行のつまらないボケ記事も根底に流れるスピリットは同じです。
ただ意図を持って一部を書かないこともあるのでそれは引き算の脚色なのかも。

>なんにもしてない自分をごまかしたりもしてるのですよ。
ああ、耳が痛い。これはオレも同じです。人間って罪深い。

>考え方が違っててもいい、そういうのもありだ、って受け入れられる関係
これはオレは当然のことだと思ってます。記事にも書きましたが、フェアであり、他人を理不尽に傷つけることがなければ、それでOKだと思います。
  1. 2005/06/26(日) 20:37:00 |
  2. URL |
  3. Zak #79D/WHSg
  4. [ 編集]

おお、リロードしたらぼくさんからコメントが。

そうですね。
以前、オレの同僚の幼馴染がオレの高校時代の友人の大学の同級生で寮で同室だった、ということがあって世間てのは狭いな、と思ったことがあります。
  1. 2005/06/26(日) 20:44:00 |
  2. URL |
  3. Zak #79D/WHSg
  4. [ 編集]

ゆっていいですか。
ここのコメント欄、面白いです。
  1. 2005/06/26(日) 21:31:00 |
  2. URL |
  3. ヤヤー #79D/WHSg
  4. [ 編集]

・・・・・やったあ♪
  1. 2005/06/26(日) 22:44:00 |
  2. URL |
  3. Zak #79D/WHSg
  4. [ 編集]

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