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人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

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服従か協調か

まさか音羽理史氏のエントリに賛意を示す日が来ようとは(褒めてます)。
これだからブログはおもしろいな。

  『躾』の恐怖 (オオツカダッシュ)

 
長いので詳細はリンク先を見て欲しいけど、体罰積極肯定派の親の体罰が虐待に問われて長男が児童相談所に保護された、という話。ニュース記事はこれ。

  長男の保護処分は不当と提訴 両親が児童相談所を (47NEWS) (魚拓)

 小学校から虐待通告を受けた子どもを、児童相談所が一時保護処分とし、2年以上会うこともできないのは実質的な親権のはく奪として、静岡市に住む両親が23日、市と静岡県、国に計約1千万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

 訴状によると、両親の長男(8)は静岡市内の小学校に入学した2007年の4月と7月、体のあざが確認され、両親は学校側に「しつけの範囲の体罰だ」と説明。

 学校から虐待通告を受けた市の児童相談所は、児童福祉法に基づく一時保護処分として長男を帰宅させず、両親は2年以上も面会や手紙などでの連絡もできない状態が続いているとしている。

 父親(45)は平手などでの体罰はしていたとし「時間を守らなかったり、うそをついたりしたときに限り、本人にも説明してたたくなどした。児童相談所の対応は承服できない」と主張。市児童相談所は「訴状を見ておらずコメントできない」としている。


オレは言って聞かないなら叩いて聞かせるしかないと思うし、体罰は否定するわけではないけど、しかし、

なんと乳児の娘に向かっても怒鳴っているではないですか。

驚いたのなんのって・・^^;;;

しかしこれは、

主人が「乳児でも躾が出来る」ことを、

知っていた現れだったのです。


これはねえわなあ。
確かに子供の自我がしっかり出て来る2歳ぐらいまでは獣みたいなもんだが、しかしそこで「躾」ってそれ、単なる「苦痛に対する反射による服従」だろうよ。犬猫と変わらん。ていうか犬の方がまだましかも。
「自分で自分を律する」という感覚が出来てからこそ「躾」が機能するわけで。

少なくとも幼い頃は躾ける前に躾が機能するだけの親と子の信頼関係を築くのが先なんじゃないだろうかね。親が子供に信頼されるのがまず先だ。
どっかで読んだけど「子育ては親が子供に試されている」と。そういう感覚はオレにも確かにあった。
「子供に」というか「状況に親としての自分が試されている」そんな感じ。

前にもどっかに書いたと思うけど、オレの父親は今でこそ穏やかな爺さんだが、若い頃は短気で、機嫌が悪いと急須が飛んでくるような人だった。オレはこういう親父にはならねえぞ、と思ったものだが。
それ以外はまあ普通に善人だったので、短気なのが玉にキズだが勤勉だしそこそこ善良な人、というのが子供の頃のオレの父親評価だった。子供はシビアだな。もちろん育ててもらった感謝はしているし尊敬もしているよ。今も。

そんなオレは、躾によって律される子供の行動や態度というのは反射や従属による「服従」でなく信頼や尊敬による「協調」だと思いたい。
それが「服従」であるならば、その抑圧された反動はいつかどこかに現れるだろう。
「反面教師」として現れる場合もあるかもしれないが。


そんな一方で、オレはこのエントリを思い出した。

  誰も知らない親権争い ① (THE BRADY BLOG)

イギリスの下層向け託児施設で働いているブレイディみかこさんのブログ記事。
詳しくはリンク先を読んで欲しいが、育児態度の瑕疵を理由に子供を国に取られてしまう日本人シングルマザーの話。国は違えど上記の話と状況がカブる。
この話は複数のエントリーをまたいで結構長く続くのだが、日本式(アジア式?)な躾と英国式の躾のカルチャーギャップとか、英国の代理親制度の歪みの話(国から出る補助金目当て等)とか、子供の嘘の話とか結構考えさせられる部分が多かった。
児童の保護というのも、程度問題なのだな、と。
問題は子供にとって何が最も幸福か、ということだと思うんだが。

とはいえ上記の静岡の例は、親として、実際叩くにしても、感情的にならず、叱ることのメッセージ性を最大に、与える痛みやダメージを最小にするにはどうすればいいか悩んでいた過去の自分を考えると、虐待を疑われるほど痣が残るような体罰、というのはまず考えられないわな。
必要なのは「いうことを聞かせる」ことではなく「なぜ叱られているか、何がいけなかったかを悟らせる」ことだもんね。もちろん親だって無謬の存在ではないから悩みまくりだ。
「教えることは二度学ぶこと」という言葉があるけどそんな感じでもある。いったい自分はどんな風に叱られて、それをどう感じていたか。

それを何の疑問にも思わないこの両親にはやはり引いてしまうな。
多分彼らは「自分たちを全肯定するよい子」という「服従」を求めているのだろう。それが「善きもの」だと。何か壊れてる。
「地獄への道は善意で敷き詰められている」というがそういうもんだろうか。
  1. 2009/09/15(火) 01:26:42|
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