FC2ブログ
QLOOKアクセス解析

人生は雨の日ばかりじゃない  Ver.2

弱かったり 運が悪かったり 何も知らないとしても それは何もやらない事のいいわけにはならない そんなzak_mustangプレゼンツなblog

一人称複数

一人称複数。
「我々」「僕ら」「僕たち」「俺ら」「オレ達」「私達」・・・
話や文章に使われる場合、単に話し手/書き手の属する集団という枠を超えて、聞き手や読者を含んだ存在として使用される場合がある。

ところが、一人称複数をこの意味で使われると何でもない話や文章が途端に胡散臭くなる、と感じるのはオレだけだろうか?

「我々人類は」
「僕ら日本人は」

どうしてただの「人類」「日本人」ではいけないのだろう。殊更に一人称複数であることを強調したいのだろう。

そこに「あなたも私と同じであって欲しいのだ」という書き手の願望を感じ取らずにいられない。
共感して欲しい、共同体でありたい、という押し付けがましい願望。
単に個人の考えだというのならわざわざそんな他人に擦り寄るような表現をする必要もないはず。何故そんなに他人を共感させたいのか。
そこに話し手/書き手の意図を察し、胡散臭さを感じてしまうのだ。
ときとして「私達友達じゃないですか。」みたいな金の無心や宗教の勧誘に似た臭いすら感じる。
もし強調の意図なく無意識に使っているとすれば相当の重症だ。群れたい心理の顕れ。

親しい相手ならともかく、オレはそういう臭いのする話や文章に出会うと共感どころかむしろ、
「一緒にするんじゃねえよ。」「馴れ馴れしいよ。」
と思ってしまうのだ。群れるの嫌いなんだよね。

明らかに相手を含まない、または明らかなフィクションである一人称複数はもちろん別だ。
その意味において「我々」と言っていいのはバルタン星人で「僕ら」と言っていいのは森田童子だ。

気になって自分のブログ内を検索してみたら引用以外でこの一人称複数が使用されているエントリはなかったよ。
どうやら身に染み付いているらしい。
  1. 2006/03/11(土) 00:17:10|
  2. WEB/BLOG
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3
以下、広告です。
 


経産省、PSEマーク問題不周知認める。>> | ホーム | <<ゆるゆる公僕ポエマーズ(笑)

コメント

『我が忠勇たる○○○軍兵士たちよ』で始まる総統の演説を思い浮かべたのは僕だけ?
それに対し『○○ちゃんだからさ』と。
  1. 2006/03/11(土) 07:29:44 |
  2. URL |
  3. ラッド #-
  4. [ 編集]

森田童子は昔から好きだったな(笑)
この「ぼくら」で一人じゃ無い気がしてたかも。
なるほどね。
戦争はこの集団心理を利用するんでしょうね。

  1. 2006/03/11(土) 08:50:41 |
  2. URL |
  3. 桃組工房 #-
  4. [ 編集]

>>ラッドさん
それってヒトラーのしっぽの演説でしたっけ?同志意識につけこんだ煽動の定番的言い回しですね。

>>桃組さん
判るような気がします(笑)。でもオレにとって童子の「僕ら」はフィクションとしての「あちら側」なんですよ。押し付けがましくないんです。
  1. 2006/03/11(土) 09:53:01 |
  2. URL |
  3. zak #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://zakmustang.blog26.fc2.com/tb.php/803-8d280d9b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)